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エマージング市場
ウクライナ紛争がエマージング債券市場に与える影響
カースティ・ スペンス
債券ポートフォリオ・マネジャー
キーポイント
  • 足元までのロシア債券 (先進国通貨建て・現地通貨建て) とルーブルの下落は、過去にロシアにおいて地政学的リスクが高まった局面と比べて際立っているが、事態の深刻さを考えれば意外感はない
  • ロシア経済は比較的堅調だが、2月末に発表された新たな経済制裁に起因する混乱によって、債務の返済が滞る可能性がある。状況は依然流動的であり、ロシア債券の下振れリスクは大きい
  • エマージング債券市場に占めるロシアの比率が低いこと、多くの新興国の中央銀行がインフレに対し予防的な措置を講じていること、ファンダメンタルズが比較的堅調なことから、過去のリスクオフ局面と比べ、他国に危機が波及する懸念は小さい。ただし、新興国の多くは石油の純輸入国であり、コモディティ価格上昇の影響を受ける。コモディティ輸出国や紛争から地理的に離れた国は、より抵抗力を示すとみられる

はじめに


ウクライナ情勢は極めて痛ましいものであり、人々の心理に影響を与えています。紛争を受けて感情が激しく揺さぶられるなかでは、正しい投資判断が難しいこともあります。感情が高まっているときには、一歩引いて状況を見極めることが有効です。紛争激化を受けてリスク回避の動きが強まり、リスク資産の変動が大きくなっています。過去の事例を振り返ると、リスク資産の変動は危機の初期段階で不確実性がピークに達する傾向がありますが、地政学的リスクは多くの場合、債券投資を長期的に変えるほどの影響はありませんでした。ただし、今回の紛争では通常とは大きく異なるリスクがあるかもしれません。本稿では、地政学的な緊張が高まった過去の局面を振り返り、ロシア債券や通貨などがどう動いたか、また、特にコモディティ価格の高騰の影響が国によって異なることを踏まえつつ、その影響について考察します。


ロシア債券や通貨などへの影響


ロシア債券や通貨などの下落の度合いを計るため、今回の危機 (2022年初から2月末まで) をロシアにおける地政学的リスクが高まった以下に示す4局面と比較します。 (1) クリミア併合 (2014年2~4月:ロシアのクリミア併合とそれに伴う2014年3月からの米欧による制裁を含む期間、 (2) クリミア制裁 (2014年6~7月) :米欧による追加制裁発動前の期間、 (3) 2018年4月制裁:ロシアのオリガルヒ (新興財閥) 関係者およびロシア高官に対する米国の制裁が実施された時期、 (4) 2018年8月制裁:英国で起きた元ロシアスパイ殺害事件を受け米欧による制裁が科された時期。


過去の地政学的リスクが高まった局面におけるロシア債券・ルーブルの変動

Russian Bonds and Currency Chart

CDS (クレジット・デフォルト・スワップ) とルーブルは2022年2月28日ロンドン時間12時現在。現地通貨建て債利回りは2022年2月25日現在。クリミア併合:2014年2月3日~4月28日、クリミア制裁:2014年6月24日~7月29日、2018年4月制裁:2018年4月4日~10日、2018年8月制裁:2018年7月30日~8月10日、ウクライナ侵攻:2022年1月1日~2月25日
出所:ブルームバーグ、キャピタル・グループ

ここで示した図表のとおり、直近の先進国通貨建て・現地通貨建て債券等とルーブルの下落幅は過去に地政学的リスクが高まった時期と比べて際立っていますが、事態の深刻さを考えれば意外感はありません。


ロシア経済のファンダメンタルズは堅調 (財政収支・経常収支ともに黒字、低い対外債務依存度、高水準の外貨準備など) ですが、2月26、27両日にロシアの一部銀行のSWIFT (国際銀行間通信協会) へのアクセス制限などの措置が決定されたことが、同国経済に大きな影響を与える可能性があります。SWIFTからの排除により、CBR (ロシア中央銀行) が通貨防衛のために外貨準備を売却することが制限されます。CBRの保有資産の約50%はユーロ建て (約30%) 、米ドル建て (約15%) 、ポンド (5%強) 1建てと推定されるため、CBRがルーブルを買い支える手段が限定的となっています。これがさらなるインフレ圧力となる可能性もあります。本稿執筆時点では、年初来でルーブルは米ドルに対して約30%下落しています。ルーブルの変動に対する物価への影響度合いは経験的に10%程度です。ルーブルの30%下落は、CBRのインフレ見通し2にプラス3%程度の圧力が加わることを意味します。CBR中銀は2月28日、政策金利を20%に引き上げました3が、ドル化と預金引き出しを抑制するため、さらなる利上げが実施される可能性があります。


対ロシア制裁は新発国債の流通市場での取引禁止にとどまっているのに対し、ロシアによる報復措置 (外国人によるロシア証券の売却注文を拒否) は国債の元利払いに影響し、主要指数からのロシア除外につながる可能性があります。また、「報復措置」の一環としてロシアの債務返済が滞る可能性もあります。


 


1. 2021年6月までの公表済み準備金構成に基づきキャピタル・グループが推定。出所:CBR、キャピタル・グループ


2. 出所:キャピタル・グループ


3. 2022年2月末現在。出所:CBR



カースティ・スペンス キャピタル・グループの債券ポートフォリオ・マネジャー。キャピタル・グループ・マネジメント・コミッティのメンバー。経験年数28年、在籍年数28年。現職以前は債券アナリストとして、欧州、中東、アフリカ、ラテンアメリカのエマージング市場のソブリン債に加え、クレジットアナリストとして欧州通信業界を担当。TAP(ザ・アソシエート・プログラム:社内研修生制度)を通じてキャピタル・グループに入社し、様々な部門で業務経験を積む。セントアンドリュー大学(スコットランド)でドイツ語および国際関係学の修士号を取得。ロンドン・オフィス在籍。


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