グローバル株式
Investment insights from Capital Group
ポートフォリオ・マネジャーとして、私は多くの大手マルチナショナル企業に投資しています。最近、脱グローバル化の悪影響について聞かれることが増えました。明らかなリスクとしては、米中間の緊張の高まり、ウクライナ戦争、貿易障壁の増加、サプライチェーンの寸断、痛みをともなう弱気市場、世界的な景気減速などが挙げられます。
こうした世界の混乱期において、マルチナショナル企業は脆弱な存在なのでしょうか。
私は逆に、マルチナショナル企業は、不確実な環境を乗り切り、混乱期における有効な対応策を打ち出す上で最適な立場にあると考えます。例えば、マルチナショナル企業は「マルチローカル」なアプローチを採用し、世界各地の消費者との距離を縮めています。
本稿では、マルチナショナル企業が難局でも成長する理由について私の見解を説明します。
私が初めてこのテーマに着目したのは数年前、米中貿易戦争が大きな話題となり始めたころでした。それ以来、さまざまな紆余曲折がありました。
世界の2大経済大国は、互いに厳しい関税などの貿易制限を課しています。中国は、昨年のロシアによるウクライナ侵攻後、米国と欧州連合がロシアへの経済制裁を科したのに対し、中国はロシアとの貿易を拡大しました。また、最近では中国が米国の軍事施設の偵察を試みたとみられる「スパイ気球」を米軍が撃墜するなど、米中の溝は深まっています。
こうした差し迫った問題だけでなく、中国による知的財産権の侵害や国有企業に対する多額の補助金などのより根深い問題を両国が解決するには、数年あるいは数十年かかるかもしれません。
一方、世界中で事業を展開する企業は、それぞれが最も得意とする分野に注力し、逆風が強まるなかでも適応し成功する方法を追求しています。
例えば半導体産業では、台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング (TSMC) と半導体製造装置メーカーのASMLホールディングが世界各地で事業を拡大しています。TSMCは米アリゾナ州と日本に新工場を建設中で、ASMLはドイツ、米コネチカット州、カリフォルニア州においてより小規模ながら投資を実施しています。このような新工場の建設にともない、世界有数の建設機械メーカーであるキャタピラーの大型建機への需要が増加すると予想されます。
こうした企業は、産業をリードするマルチナショナル企業であり、どのような環境でも適応することが可能です。厳しい局面を乗り切り、状況が好転したときに成功できるような態勢の整備に長けています。
マルチナショナル企業が世界経済と金融市場において支配的な存在となったのは、そのほとんどが、聡明でタフ、経験豊富な経営者によって経営されているためです。彼らは、貿易環境が有利か不利かを問わず、あらゆる環境を経験しています。このような企業は困難な状況でも生き残り、さらには成功するために最適な基盤を有していると私は考えています。
食品大手ネスレは、マルチナショナル企業が最先端のテクノロジーを活用してサプライチェーン運営を合理化できることを示す好例と言えます。近年、同社はビットコイン関連技術の基盤として知られるブロックチェーンの利用を拡大し、迅速かつ透明性が高く、コスト効率にも優れた製品配送を可能にしています。ブロックチェーンを活用することでサプライチェーンにおける調達先の追跡が容易になり、顧客が購入する商品の正確な原産地を共有することもできます。例えば、コーヒー豆の産地を知りたければ、バーコードをスキャンするだけです。
投資家にとっては、貿易、保護主義、地政学的対立をめぐるノイズにとらわれすぎないことが重要です。鉄鋼や半導体など、対立につながり得る製品をめぐる政治的レトリックに振り回されるのは無理もありません。矛盾したデータが毎日のように発表されますが、多くの場合、本質的な問題ではありません。このような対立がマルチナショナル企業への投資を避ける理由になるのであれば、政治的レトリックへの過度な注目は長期投資の成功を妨げることになります。
多くのグローバル企業が、貿易障壁に直面しても撤退することなく、現地市場で成功しています。マルチナショナル企業にとって、消費地近くに生産拠点を置くことがますます重要になっています。成功のためには、迅速に行動し、現地での競争に効率的に対応する必要があります。
何よりも重要なのは、多くのグローバル企業が、単一の供給源によるサプライチェーンから脱却しつつあることです。コストや効率よりも信頼性と安全保障が重視されるようになり、生産の一部を自国に回帰させる「リショアリング」や、インド、ベトナム、メキシコなど他国への移転を進める動きが見られます。
スポーツアパレル大手のナイキは、「ハイパーローカル (超地域密着型) 」の販売施策によってこのアプローチを最適化しています。例えば、同社はデータ主導型の店舗を開設し、近隣消費者のオンライン購入傾向を反映して商品を仕入れています。これほど地域密着な取り組みは他では見られません。欧州では同社が拠点を置く各都市の顧客の好みに応じて色や素材を変更し、迅速に供給できるような取り組みを実施しています。
電子決済の分野ではビザとマスターカードも同様のアプローチをとっています。電子決済は、地域顧客の好みだけでなく、世界各国の政府の厳しい金融規制に沿
った調整が必要となります。その結果、両社はフィンテック産業における競合環境の変化に対応しながら、順調に成長しています。
コロナ禍をうまく乗り切った企業は、オンラインサービスを迅速に拡大し、原材料の現地調達率を引き上げ、生産拠点を消費地の近くに配置し、世界各地で複数のサプライヤーを活用していました。このような先が読めない環境では、素早い対応を可能とする専門性、リソース、資金を有するマルチナショナル企業の強みが発揮されます。
米国、欧州、日本を拠点としながら、成長著しいエマージング市場への参入を目指す企業にとって、マルチローカル戦略はさまざまな面で重要です。中国、インド、ブラジルなど、新興国の多くでは、自ら大手マルチナショナル企業を抱えるだけでなく、国内事業に特化した中小の競合企業も育っており、既存のグローバル企業の追撃を座して待っていたわけではありません。
例えば、「中南米のアマゾン・ドット・コム」とも呼ばれるメルカド・リブレは、まさにそのアマゾンから自らの領域を守るという驚くべき成果を上げています。メルカド・リブレの特長のひとつはサードパーティの積極的な活用で、その多くは中南米に拠点を置き、高速かつ高効率の同社のプラットフォームを通じて、地元の顧客に地元産品を販売しています。
大規模なマルチナショナル企業にとって重要なリスクは、現地市場を熟知する中小の競合他社に先を越される可能性があることで、地政学的な問題や貿易関連の問題よりも大きな脅威であると私は考えています。
新興国の消費者は、信頼できるブランドと、現地市場を理解する企業を望んでいます。各国拠点に権限を委譲し、現地で考え、素早く製品を投入できる大手マルチナショナル企業は、長期的に成功する可能性が高くなります。
ファンダメンタルズ調査を重視して選別投資をする場合、世界情勢の変化は好材料ともなります。すべての企業が成功するわけではないため、成功する企業とそうでない企業を見極めるのが私たちの役目です。
長期的な利益につなげるために短期的な不確実性を許容できるのであれば、現在の環境はアクティブ運用にとって最適な局面である考えられます。
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