ESG
マテリアリティに基づくESGアプローチ

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キーポイント
  • 長期的な企業価値を創出する課題を重視したセクター別のインベストメント・フレームワーク
  • 独自の調査だけでなく外部評価機関のデータも活用したESGの視点
  • アクティブファンドを運用する資産運用会社だからこそできる、状況に応じたESG分析の調整

キャピタル・グループでは、ESG(環境、社会、ガバナンス)を運用プロセスに統合する必要性を認識しており、これは重要なことだと考えています。ESGの運用プロセスへの統合という目標は、「投資の成功で人々の生活をより豊かにする」という私たちの長年のミッションに沿っています。


キャピタル・グループの特徴の一つは、長期的な視点を有することです。徹底した調査、企業との定期的な対話、そして多様な考え方が、長期的価値の創出に注力する企業の発掘を可能にしているのです。私たちは、企業が長期にわたって収益性と成長を維持するには、顧客、従業員、サプライヤー、規制当局、それに企業を取り巻く環境との関係性を知る必要があると認識しています。


また、3年、5年、10年といった長期の時間軸で考えることは、世界に大きな変化をもたらすような戦略を有する企業を特定し、投資する際に役立ちます。ESGとはリスクを理解することと同時に、投資機会を特定することでもあります。


ESGの多くの要素は弊社グループの運用プロセスに自然に組み込まれており、従来からアナリストやポートフォリオ・マネジャーが重視してきたものです。グループ全体でESGを運用プロセスに統合する取り組みを強化しており、プロセスの透明性の向上と体系化を図るとともに、継続的に改善する体制を構築しています。


ESG要素の統合は、インベストメント・フレームワーク、モニタリング・プロセス、エンゲージメントおよび議決権行使に焦点を当てた3つのアプローチを通じて実現しています。これらは互いに密接に関連しており、継続的に進化するサイクルを構成しています。弊社グループでは、こうした自己強化型のプロセスを意図的に構築することによって、常に学びを深めることに努めています。


ESGのキャピタル・システムへの統合


調査は私たちのアプローチの中核であり、マテリアリティ、すなわち運用成果やバリュエーションに直接影響を与えるESG課題と深い結びつきがあります。


弊社グループのアナリストは2020年、セクターごとにESGの最重要課題を特定し、30以上のインベストメント・フレームワークを構築しました。このフレームワークによって、重要課題が企業業績に与える影響を理解し、そうして得た見解を評価して運用プロセスに統合することが可能となります。株式アナリストと債券アナリスト200名以上が、ESGチームと協働し独自のESGリサーチにはのべ4,000時間を費やしました。


重要な情報に焦点を当てることで、経験豊富なアナリストが長期的な業界トレンドや企業の将来性を分析する意義が強調されます。これは、弊社グループの最大の強みの一つであると考えています。


インベストメント・フレームワークにおいて重要なのは、従来の財務指標では十分に捉えきれないリスクと機会を特定し、投資判断に反映させることです。それらの課題には、エネルギー転換や格差の拡大などの長期トレンドが含まれます。企業の経営手法にも着目しており、優れた人材を採用できるか、またそうした人材を定着、昇進させることで競争優位を確立できるか、製品の安全性を向上させて消費者の信頼を高めることができるか、といった点も考慮しています。


重要なESG課題を理解し、特定しようとしているのは弊社グループだけではありません。企業も同様に、これらの課題を管理し、投資家にとって有意義な情報開示を行うことに注力しています。2019年には、S&P500企業の90%がサステナビリティレポートを公表しました。サステナビリティが注目されるようになったのはごく最近のことで、2011年にレポートを公表していた企業はわずか20%にとどまっていました。SASB(サステナビリティ会計基準審議会)は、投資判断に影響を与えうる重要な情報を上場企業が開示する際の基準を策定しています。私たちはこうした基準策定の取り組みは重要であると考えており、SASBに対して助言を行う「インベスター・アドバイザリー・グループ」の活動に積極的に参加しています。


マテリアリティ(重要課題)の特定


私たちは、何が重要なのかの定義が固定的でないことを理解しています。それまで重要でなかった要素が短期間で重要になることは珍しくありません。インベストメント・フレームワークを構築するプロセスにおいては、新型コロナウイルスの感染が拡大し、それに伴い経済活動が低迷するなど、これが実際の事例となりました。大半のセクターの企業は従業員、顧客、コミュニティの健康と福祉を守るために、抜本的な変化を余儀なくされました。変化に対応できない企業は大きな事業リスクを負うことになりました。コロナ禍では、従業員の安全、賃金と福利厚生、サプライチェーン・マネジメント、(急速なデジタル化を支援する)サイバーセキュリティなどが最優先事項となりました。


どの課題が重要であるかを判断し、そのマテリアリティが株価に反映されるまでの期間を見極めるという任務を行うことは、徹底したファンダメンタルズ調査を重視する弊社グループにとっては、好ましい機会であると考えています。


弊社グループは、ファンダメンタルズ調査やESG分析を外注することはありません。


コロナ禍の外食産業における健康と安全に対する取り組み


新型コロナウイルス感染症は、外食産業に重大なリスクをもたらしました。例えば、営業再開にあたって従業員の安全をいかに確保するかという問題です。飲食店にとって安全確保は日常的な課題でしたが、コロナ禍ではこれが最重要課題となりました。大手企業は従業員の安全を確保する方法を見直し、感染リスクがある場合は自宅待機を促す一方で、収入の安定性、医療(メンタルヘルスを含む)へのアクセス、可能であれば育児支援といった福利厚生を通じて従業員のウェルビーイング*全般をサポートすることが求められました (*ウェルビーイング:個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念) 。


重要なESG課題:健康と安全

 

投資における着眼点

ベストプラクティス

 

企業は健康管理のための福利厚生を提供し、従業員が安心して働けるようにすることで他社との差別化を図り、競争優位につながる。人材獲得競争が激化

  • 学費補助、医療保険、メンタルヘルスケア、育児支援など、最低基準を上回る賃金や福利厚生を提供

コロナ禍

従業員(エッセンシャルワーカー)が職場で感染する事例が多く、新たなリスク要因となっている

  • 感染した従業員が出社することのないよう、病気休暇制度を整備

独自の調査と外部評価機関のデータを組み合わせた実効性の高いモニタリング


定量化あるいは標準化された情報に基づくESGデータは、運用プロセスへの貴重なインプットとなります。モニタリング・プロセスにおいては、ESGの重要課題を深く理解することが不可欠なほか、企業を分析・評価するために用いる情報が極めて重要となります。


ESGへの関心が高まるにつれてESG評価およびスコアの提供が増加するなか、外部評価機関のデータの限界を理解することが重要です。現時点では、主要なESGデータプロバイダー間の評価の乖離は非常に大きく、企業のESGプロファイルについて市場の見解を一つにまとめることはほぼ不可能です。MITスローン経営大学院による2019年の調査では、主要データプロバイダーのESG評価の相関は0.61にとどまることが示されました。これは伝統的な信用格付機関の相関0.92と比べると低い結果です。


 


主要な評価機関のESGスコアを比較すると、大きな相違がみられる


SustainalyticsのESGリスクレーティングとMSCIのESGスコアは、ともに企業のESGリスクに対するエクスポージャーと管理能力を評価するものです。この表では、各点がMSCI ACWIインデックスを構成する企業を表しています。このように、SustainalyticsのリスクレーティングとMSCIのスコアとの間には低い相関しかありません。これは、ESG課題に関する両社の評価には一貫性がないことを示しており、評価方法の相違や、直接比較可能なESGデータが限られているという課題を浮き彫りにしています。


外部評価機関は、それぞれが独自にESG課題を特定し、評価しています。評価対象とする課題の選定基準やリスクの計算方法は異なりますし、企業の開示が限定的である場合や一貫性がない場合に生じる膨大なデータの差異を埋める手段にも違いがあります。結果として市場コンセンサスを形成するのは困難となり、さまざまなノイズが生じます。


定量的な情報や比較可能な情報に基づく信頼性の高いデータも存在するため、運用プロセスに有益なESGデータの選別が必要となっています。ESG課題の評価プロセスにおいて、アナリストは外部評価機関のデータから定量化可能なものを特定し、インベストメント・フレームワークに組み入れます。一部の産業については、外部評価機関には有効なデータがほとんどなく、アナリストによるボトムアップの現地調査や、標準的ではないデータソースに依存せざるを得ない事例もあります。一方で、分析に取り入れやすく、かつ質の高いデータを利用可能な産業もあります。


SustainalyticsのESGリスクレーティングとMSCIの調整後ESGスコアの比較

ESG素材チャート

ESG評価プロセスの実例


米国のヘルスケアサービスセクターは、ESGに対する弊社グループの包括的でエビデンスに基づくアプローチを示す好例です。アナリストは社会的問題がヘルスケアセクターのESGにおける最重要課題であると特定しました。すなわち、利用者・患者の安全性、適正な価格とサービスへのアクセス、個人情報保護と情報セキュリティを重要課題と位置付け、それらはすべて経営の質や説明責任によって支えられると考えました。


重要な要素を見極める


アナリストはヘルスケアサービスセクターのESG要素を評価する際に、長期投資先としての企業の成功に最も重要となる要素の特定を目指しました。


米国ヘルスケアサービスセクターにおける重要なテーマに、「価値に基づく医療(サービスの提供に対してではなく、患者の健康状態の改善に対してインセンティブを与える)」が長期で見れば最も持続可能なモデルである、というものがあります。価値に基づく医療では、医師は積極的に患者に働きかけ、予防的治療と継続的な健康管理を重視するようになります。このアプローチはより多くの人々の健康状態を改善させ、医療費の削減、患者の満足度向上、医師と患者の信頼関係の構築につながると考えます。


このテーマに沿って企業を評価するため、アナリストは企業との直接の対話を通じた調査を実施しています。アナリストは企業の経営陣にとどまらず、あらゆるレベルの管理職層に直接話を聞き、優先順位の高いESGの重要課題が企業の文化や経営に反映されているかどうかを判断します。また、アナリストは、こうした対話を一度実施して終わりにするのではなく、継続的に実施するよう努めています。


ESG素材チャート

アナリストは企業と対話するだけでなく、顧客の満足度やロイヤルティなどの指標も確認します。規制の観点から、当局からの警告、罰金、業務の制限、リコールなど行政処分のリスクも検証し評価します。


ESGに関する独自の見解


調査の結果、外部評価機関と異なる評価に達することもあります。例えば、ある大手ESG評価機関は、弊社グループが価値に基づく医療のパイオニアと位置付けた企業について、同業他社を下回る評価を付与しています。この企業では顧客満足度に関する情報開示が限定的で、肥満や環境汚染など新たに発生しつつある健康リスクへの対応方針がないことが、外部評価機関の評価においてはマイナス要素となりました。これに対して弊社グループでは、この企業が医師へのインセンティブ体系の変更を通じて予防ケアの提供を促進し、患者の健康状態の全般的な改善に貢献したことが、長期投資先としての企業の成功にとってより重要であると考えました。


私たちの第一の目的は、長期にわたって持続可能な投資成果をもたらす企業を特定することです。外部評価機関の評価も活用しますが、重視する点はそれぞれの機関で異なるため、投資成果の評価にばらつきが出ることがあります。MSCIでは企業の業務について、業種固有のESGリスクに対するエクスポージャーとリスク管理能力の観点から、同業他社と比較して評価が付与されます。Sustainalyticsは2018年、業種または地域ごとのESGリスクエクスポージャーから、企業が適切に管理しているリスクを差し引いて算出する「企業の未管理リスク」に焦点を当てた新たな評価手法を導入しました。これに対してSASBの使命は、投資家の重要な投資判断に役立つ情報を企業が開示するための基準を確立することです。弊社グループではこれらの外部機関の情報を運用プロセスにおいて活用し、インベストメント・フレームワークに基づいて独自の見解を形成しています。


運用成果を向上させるプロセスの進化


ESGリサーチ重視の姿勢は、弊社グループの「投資の成功で人々の人生をより豊かにする」というミッションを追求する支えとなっています。しかし、これで終わりではありません。変化の激しいグローバル経済および社会において、ESGの重要課題はめまぐるしく変化するため、インベストメント・フレームワークの不断の見直しによって、変化に適応させていく必要があります。


調査ツールとしてのインベストメント・フレームワークの有用性を維持するため、弊社グループは企業と敵対するのではなく、パートナーとして関与するという伝統に従っています。これは、企業に対して改善を求めないということではありません。より持続可能な企業になるようにという圧力が高まるにつれ、私たちのパートナーシップ精神が意味あるものになると期待しています。企業とともに学び、あらゆるESG課題の管理改善に貢献できると信じています。実現するには時間を要するでしょうが、弊社グループは、マテリアリティに基づくESGへのアプローチが投資家の皆様により良い成果をもたらす持続可能な経営の強化につながると、これまで以上に確信しています。


特に明記がない限り、すべてのデータは2020年12月現在のものです。


キャピタル・グループでは、株式に関しては、運用および議決権行使に係る投資判断を3つの株式運用部門が独立して行います。債券に関しては、グループを横断して債券運用部門が調査・運用を行いますが、株式に類する性質を持つ有価証券に関しては、3つの株式運用部門のいずれかに代わり、債券運用部門が調査・運用を行います。




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