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森戸 英幸
企業型DCにおける「投資教育」のあり方を考える
森戸 英幸
慶應義塾大学法務研究科教授

投資教育とは?


「投資教育」は厚生労働省も公式に使用する言葉ですが、法律上の用語ではありません。DC(確定拠出年金)法22条1項が、企業型DC制度を実施する事業主は、加入者に対し「資産の運用に関する基礎的な資料の提供その他の必要な措置」を継続的に講ずるように努めなければならない、と定めています。これが事業主の投資教育義務です。企業型DC制度は事業主が従業員のために実施し掛金を拠出しますが、資産の運用指図は加入者である従業員が自ら行います(25条1項)。もっとも全く自由な運用ができるわけではなく、一定の基準を満たした複数の運用方法の中から運用先を選択することになります(23条1項)。


運用がうまくいけば将来の給付額は増えますが、失敗すれば減ります。運用のリスクは加入者たる従業員が負うということです。まさに「自己責任」の制度なわけですが、ただ個人が自発的に資産運用を始めるのとは異なり、企業型DCの資産運用はその会社に勤めていればいやでもやることになります。しかもその給付は、公的年金給付と相まって高齢期における所得を確保するため、要は老後を支える糧になるものなので、ちゃんと運用されないとあとあと困ることになります。個人としても困りますが、国としても超高齢化社会なのに老後の糧が十分でないシニア層が増えるのは問題です。そこで、個々の加入者がちゃんとした運用ができるように教育してください、というのが投資教育義務を事業主に課した趣旨ということになります。もっとも「努力」義務なので、法的には罰則も強制力もないのですが。


具体的には何を「教育」すればよいのでしょうか。DC法の法令解釈通知には、教育すべき内容がより具体的に示されています。大きくは4項目です。①確定拠出年金制度等の具体的な内容、②金融商品の仕組みと特徴、③資産の運用の基礎知識、④確定拠出年金制度を含めた老後の生活設計です。タイトルだけで、「もうわかんないよ!」と白旗を揚げてしまう人もいそうですが、実際にはさらにこの下に小項目がぎっしり列挙されています。これをすべて「教育」するのはなかなか大変そうです。


以上が現行法での投資教育の位置づけですが、そこにはいくつか改善すべき点があるように思います。


 


「労働条件」という認識を


第1に、投資教育の内容を、企業型DCの「労働条件」としての側面を踏まえたものに修正すべきです。上記①~④の項目は、個人が資産運用を行う場合に必要な基本的知識を一通り網羅してはいます。しかし企業型DCは、個人による資産運用であると同時に、事業主が従業員の労働の対価として実施する制度でもあります。要するに、賃金・退職金その他の待遇同様、「労働条件」の一部をなすものなのです。実際、退職一時金制度からの移行という形で出発した制度も少なくありません。


そう考えると、企業型DC制度を実施する企業は、自らが提供する制度が、どのような趣旨・目的を持った労働条件なのか、退職給付制度全体あるいは労働条件全体の中でどのような位置づけにあるのか、退職金制度から移行した場合はどのような経緯でどのくらいの割合移行したのか、などについてもきちんと説明すべきでしょう。投資一般に関する基本的知識も、自分の企業型DCがどういう位置づけの労働条件かを正しく把握した上でなければ役に立ちません。労働条件説明義務については労働基準法に規定がありますが、この規定とDC法22条1項との関係を整理した上で法令等の見直しを行うべきと考えます。


 


「万能薬」は存在しない


第2に、投資教育の限界を正面から認めるべきです。教育内容についての改善点を挙げておきながら矛盾するようですが、どんなに素晴らしい投資教育も、受講者全員に100点を取らせることはできません。投資教育の現場からも、手間をかけても効果が上がらない、いまいち従業員に響かない、という声がしばしば上がります。考えてみれば当たり前の話ですが、とくに金融や投資の知識もなくまた興味もない一般従業員が、何度か講義を受けただけで急に金融リテラシーの高い人間に変身できるわけがありません。それを言ってしまうと「自己責任」の制度という前提が崩壊する、ということかもしれませんが、現実は現実として直視する必要があります。


投資教育にも限界がある、「自己責任」の制度のプレイヤーとしては甚だ不安なレベルにとどまる加入者も少なくない。そのことを前提に、しかしそういう人についても、年金資産が真っ当に運用され、老後に途方に暮れることがないような仕組みが、自動的に適用されるようにすることが必要です。現行法下でも、加入者が運用指図をしない場合の運用先となる指定運用方法(いわゆるデフォルトファンド。DC法23条の2)は一応そのような自動化メカニズムの一例ですが、指定できるファンドの種類に限定はなく、適用まで3か月以上かかり、そもそも設定の義務さえないという、極めて不十分なものです。この規制を見直すとともに、加入自体や拠出額の決定に自動化メカニズムを導入することも検討されるべきでしょう。ちなみに、一般に日本よりも投資や資産運用についての意識が高いとされる米国や英国でさえ、企業年金や個人年金への自動加入や掛金自動増額の仕組みが利用されています。


 


「教育」のその後に


第3に、投資教育の後の段階、すなわち運用指図におけるサポートのあり方についても検討がなされるべきです。結局どのファンドを選べばよいのか。市場が大きく動いたがスイッチングをした方がいいのか、それともこのままでいいのか。投資教育はあくまで教育なので、そこまでは教えてくれません。いや、それはむしろ教えてはいけない、禁止行為とされています(DC法施行規則23条3号)。事業主が優位な立場を利用して加入者に圧力をかる可能性もないわけではないのでこの規制はやむを得ないかもしれません。しかし、事業主が運用指図の第三者への委託を勧めることも禁止している(同条4号)のは過剰な規制のように思えます。他人に頼んだりせず自分で運用指図できるようにするための投資教育だ、ということでしょうが、しかし前述のように現実はその理想どおりにはいかないのです。


加入者の中には、一般的な投資教育よりも、肝心な運用先選定についてアドバイスが欲しい、というニーズもかなりあるはずです。その際に、気軽に専門家のアドバイスを得られれば大いに助かるに違いありません。たとえば事業主が福利厚生の一環として加入者に運用アドバイザーを紹介したり、相談料の補助をしたりすることはむしろ奨励してもよいのではないでしょうか。


 


制度改正に向けて


以上を踏まえて、さしあたり、下記のような制度改正を提言したいと思います。投資に関する基礎的な知識の提供とともに、企業型DCの労働条件としての位置づけも説明すること、さらに希望する加入者が資産運用アドバイスを受けられるよう便宜を図ることを事業主の(努力?)義務とします。併せて、知識の提供を受けてもなお投資の基礎の理解が不十分なままとなる加入者が存在することを前提に、デフォルトファンドの要件を見直した上でその設定を義務とします。


気がつけば、投資教育の枠をはみ出した、確定拠出年金制度のあり方そのものに関する、少々刺激的な提言になってしまいました。しかし、投資教育の努力義務を課したそもそもの目的は何だったのか、その目的を達成するために本当に必要なことは何なのか、それを真摯に追究した結果ですので、お許し頂ければ幸いです。



森戸 英幸   慶應義塾大学法務研究科教授。東京大学法学部助手、成蹊大学法科大学院教授、上智大学法学部教授などを経て、2012年4月より現職。専門は労働法、企業年金。厚生労働省社会保障審議会企業年金・個人年金部会委員(部会長代理)。著書に『労働法トークライブ』(有斐閣)、『プレップ労働法〔第6版〕』 (弘文堂)、『いつでもクビ切り社会ーー「エイジフリー」の罠』(文春新書)、『企業年金の法と政策』(有斐閣)、『リーガルクエスト労働法〔第4版〕』〔共著〕(有斐閣)、『企業年金ガバナンスーー年金格付けへの挑戦』〔編〕(中央経済社)、『差別禁止法の新展開ーーダイヴァーシティの実現を目指して』〔共編著〕、(日本評論社)など多数。


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